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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)1453号 判決 1963年12月10日

原告 矢倉きみ子

被告 大阪国税局長 叶和夫 外三名

主文

大阪国税局所属の徴収職員が昭和三五年三月三一日別紙第一物件目録記載の物件に対してなした差押処分を取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を原告の負担とし、その余を

被告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、大阪国税局所属の徴収職員が昭和三五年三月三一日高田に対する所得税の滞納処分として本件物件を差押えたことは当事者間に争いがない。

二、次に本件物件が原告の所有に属するか、高田の所有に属するかについて判断する。

1  原告は被告申出の書証(聴取書)についてその目的たる文書の証拠能力を争うが、現行民事訴訟法のもとにおいては、訴の提起後に作成せられた文書も証拠能力を有するから、その証拠価値を個々に検討し実質的に証明力のあるものは、これを事実認定の資料とすることが出来るものと解すべきである。

2  成立に争いがない甲一、三ないし五号証及び乙八号証によれば、本件物件は本件差押当時原告肩書地所在の建物内に家具として備えつけ使用されていたものであり、右建物及びその敷地が原告の所有として不動産登記簿に登記されていて、原告とその子千鶴が昭和三四年一二月頃から右建物に居住していること、高田の住民登録は寝屋川市大字木田九八番地にあり原告肩書地にはないことは明らかである。

3  成立に争いのない甲一、二、一一号証、一四号証の六、一八号証、証人荒木賢三の供述により成立の認められる乙二号証、証人葛馬喜一郎の供述により成立の認められる乙四号証、及び検乙一号証、並びに証人荒木賢三及び原告本人の供述によれば、高田は明沿二六年六月一一日生れであつて、大正六年吉岡やゑと婚姻しその間に三人の子を儲け、右妻子は寝屋川市大字木田九九番地に居住していること、一方において高田は昭和一〇年頃から大阪市生野区新今里町一丁目一〇四番地で芸妓置屋を経営していた当時二五才の原告と知り合い妾関係に入り、同二五年頃より妻と別居して原告と同棲するようになつたが、その間に千鶴が出生したので、同三一年七月四日同女を認知したこと、本件差押当時は原告肩書住所の前記建物には玄関に「矢倉」の表札と並んでその右に「高田」と記載した表札がゝげられており高田は衣服、取引上の重要書類等をこゝに置いて殆んどこの建物で超居していたが、月に一、二回は寝屋川市の妻子の居住する家にも帰つて泊り子供に小遣を与えたりしていたことが認められるのである。

4  右認定の如き関係で原告と高田が同棲中の家屋内に家具として備えつけ使用せられていた本件物件の所有者を認定するについては、原告の財産状態、原告と高田との関係如何がその結論を大いに左右すると思われるので、更にこの点について詳しく判断することにする。

成立に争いがない甲四、一一ないし一三、一六、一七、二三ないし二五号証、一四号証の六、八及び乙八、一一号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙九号証及び一〇号証の一、二、並びに証人高田重治、福山昇輔、中井淳子、出海政一、藤川正雄及び原告本人の供述によればつぎの事実が認られる。

(イ)  原告は昭和九年より同一九年迄、大阪市生野区新今里町一丁目一〇四番地で芸妓置屋を経営して(この頃高田と知り合つた)いたが、同一九年一一月八尾市顕証寺三〇番地に建坪二二坪余の二階建家屋を購入してこゝに住み、同二四年五月これを売却し、大阪市天王寺区上汐町三丁目二〇番地所在桶本篤所有の家屋を賃借してこゝに居住し(この間に高田と同棲するに至つたわけであるがこの家には高田の表札はなかつた)、同市東区大川町(淀屋橋南詰付近)で高田の経営する食堂で働き、同二九年一一月頃右上汐町の賃借家屋を二四〇万円の立退料を得て立退いた。

(ロ)  更に原告はその頃同市南区周防町一ないし六番地の建物を出海政一より、敷金一五〇万円を差入れ家賃は月六万円の約で、借り受けてその一部に住み、右家屋を高田の経営する中華料理店株式会社南宝園に転貸すると共に自らもその取締役として月約二万円の報酬を受け取つていたが、同三四年一二月二六日二、七七五万円の立退料を得て右南宝園と共にこゝを立退き、その頃現住所である肩書地所在の土地三〇坪余及び二階建家屋延坪二八坪余を購入して居住し現在に至つている。

(ハ)  原告名義の預金として、

(1) 中央相互銀行大阪支店に同三四年一二月二八日から同三五年一月一二日迄の間二、〇〇〇万円の通知預金、(2) 大和銀行阿倍野橋支店に同年三五年五月一七日より同三六年一二月二七日迄の間七、七五六円ないし六二三、〇〇〇円の普通預金、(3) 同三五年一月一九日から同三七年八月一四日迄の間八、〇〇〇円ないし九九万円の郵便貯金を有しており、矢倉千鶴名義の預金として、中央相互銀行大阪支店に同三五年一月二一日から同年四月一日迄の間一、二〇〇万円の通知預金を有していた。

以上の事実が認められる。しかしながら、右同証拠によつてつぎの事実も認められるのである。

(二) 右上汐町の家屋には高田も共に宿泊することが多く、当時高田は右大川町での食堂、パチンコ営業で相当の収入を得、上汐町の家屋の修理の指示は高田が行い同時に右大川町の家屋の修理も行つたがその修理代金は高田から同時に支払われた。桶本からの前記立退料等に関する交渉も高田が行つた。右周防町の家屋を借り受ける交渉はすべて高田が行い、契約書作成に際し始めて高田は借主を原告名義にしたいと申し出たので、貸主出海政一は水商売の習慣に従い女の名前で経営をするものと考えて、この申出を受け入れ、原告を借主高田を保証人として契約書が作成され、その後の出海との交渉にも高田が当つた。右家屋の賃料の受領証は原告宛に書かれているが、現実に金の支払に当つたのは高田である。

高田は原告に相談もなく高田の経営する株式会社南宝園に右家屋を転貸した。右家屋の明渡につき原告が取得することになる立退料から、高田が負担していた債務を差引いて支払いをうけることに原告の代理人となつた弁護士が同意し、右立退料の大部分を現実に受け取つて支配しているのるも高田であつた。原告は周防町の建物明渡後は休業中の株式会社南宝園の取締役以外に職業がないし、矢倉千鶴も無職の未成年者であるのに原告及び矢倉千鶴名義の前記の預金の出納が極めて激しかつた。原告と坂東お京との間に昭和三七年二月原告が坂東より貸金三〇〇万円の返還を受ける等の旨の訴訟上の和解が成立したが、この貸金は高田が貸付けたものであつてのちに高田がその貸主名義を、坂東が会つたこともなかつた原告に変更したものである。

(ホ)  右のとおり原告名義の財産のすべてが、高田との関係においても原告の権利に属するもであると断定することをちゆうちよせしめるような多くの事実が存在した。

原告は立退料を別にすると株式会社南宝園の取締役としての報酬以外には大きい収入はなかつたのに反し、高田は貸金業その他で昭和二八年には約一五四万円、同二九年には約八九〇万円の所得があつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する供述等は信用できなく他に右認定を左右するに足る証拠がない。

5  右認定のとおり原告を名義の経済生活の殆んどは実質上高田のそれであるから、前記立退料その他原告名義の財産のうちには高田に属するものもあるかも知れないが、他に原告と高田との関係において原告名義の財産の帰属を確定するに足る証拠がない本件では原告名義の財産のすべてが高田に属するものということができなく、前記認定のとおり原告は高田と妾関係に入る以前より芸妓置屋を経営していたものであつて、当時からかなりの資産を有していたものと考えられる。

更に原店と高田との関係は通常の夫婦とは異り、いわゆる妾関係である上にその間に子供もある仲であるし、前記認定の高田の資力とか妻子との関係、高田及び原告の年齢等を考え合せると原告は高田から相当多くの現金その他の財産の贈与を受けていたものと推認するのが相当である。したがつて原告は株式会社南宝園の取締役としての報酬月額約二万円を得ていたことも考えあわせると、さして高価ではない本件物件を購入する程度の資力は充分有していたものというべきである。

そして、前記認定のとおり本件物件は差押当時原告の所有でその住宅である家屋に家具として備えつけ使用されていたものであつて、原告は他に住居を有しないのに反し、高田はこゝに住んではいるが住民登録は妻の住所地になされていて、月一、二回は妻子の居住する家に帰つていた事実、第一物件中茶棚、桐ダンスは通常の夫婦間でも妻の所有に属することが多く、電気冷庫、ガスレンジ、同台、水屋、洗濯機は台所で女性の使用するものであり、その余の第一物件も女性が主として使用する家具であり、原告と高田のような男女がその関係を断つ際には女性が継続して占有使用することが多いと推測される。以上認定の諸事実と原告本人の供述とを合せて考えると第一物件はすべて原告の所有に属するものと認めるのが相当である。

なお、右物件中電気アンカは近鉄百貨店より、水屋及びタンスは福井タンス店より原告が購入したものであることは成立に争いがない甲六及び七号証並びに原告本人の供述により明らかである。

更に、日立製電気冷蔵庫は、成立に争いのない甲八号証の宛名を除く部分、同乙七号証、これにより成立が認められる乙三号証によると、右購入の注文には高田が当つたものであつて、甲八号証(代金領収書)の宛名部分には最初は「高田様と記載してあつたのを後日何人かがこれをインク消で消してその跡に「矢倉」と書いたものであることが認められる。しかし、この事実は、原告本人の「電気冷蔵庫を実際に注文したのは私が電話番号が分からなかつたので高田に頼んで電話をかけてもらつて注文をした」旨の供述と合せて考えると、右の経過で購入せられた電気冷蔵庫が原告の所有に属することを認定する妨げとなるものではない。

従つて本件差押中別紙第一物件に対する部分は、その所有者が原告であるのに、高田のものと誤認してなした点においで違法であつて、取消さるべきである。

三、第二物件中、鉄製書庫(同下段左戸とも)及び手持金庫は本件差押当時、その中に高田の所有又は保管する重要書類が存在していたことが成立に争いがない乙二号証により明らかであり、これらは高田が占有していたものというべきであるから、高田の所有と推認される。

従つて本件差押の第二物件中右の物件に対する部分は適法であつて、原告のこの部分の請求は理由がないから棄却さるべきである。

四、第二物件の事務机、同椅子については、原告の職業よりしてこれらを必要とすることもないと思われる上、証人福山宗輔の供述によるとこれらは本件差押当時原告肩書住居で事務をとつていた株式会社南宝園の所有であつて、原告の所有でないと認められる。

ところで右被差押物件が原告の所有でない以上、株式会社南宝園の所有であつて高田の所有ではないと主張して本件差押の取消を求める利益はないから、本訴訟においては右物件が原告の所有でないことが明らかとなつた以上、原告の請求中この部分も棄却さるべきである。

五、よつて訴訟費用については民訴八五条、九二条本分により、これを五分しその一を原告の負担とし、その四を被告の負担とすることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎、野田段稔、井関正裕)

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